長久手古戦場 その3

小牧・長久手の戦いの概略その2

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長久手古戦場 その3

白山林の戦い
秀吉の甥で、当時17歳の三好(後の豊臣)秀次が指揮する軍は、白山林(尾張旭市)で朝食をとっていた。そこへ徳川軍の先発隊が背後から急襲。不意をつかれた三好隊は総崩れとなり、秀次は討死寸前まで追い込まれたが、部下の木下勘解由利匡(きのしたかげゆとしただ)が自分の馬を差し出して、秀次を逃した。利匡は兄弟の木下助左衛門祐久とともに追ってきた徳川軍と戦い、戦死した。

桧ヶ根の戦い
三好隊の敗走を知った秀吉方の第2隊の堀秀政(ほりひでまさ)はただちに桧ヶ根(長久手町)の丘陵上に陣を構えた。まもなく白山林で勝利した徳川勢が突進してきたが地の利を得た堀勢は敵に鉄砲のつるべ打ちを浴びせた。徳川軍は多数の死者を出し、大打撃を受けた。秀政は総攻撃を命令したが、家康の本隊はすでに東方に進出しているのを知り、急いで自軍をまとめて、北方へ引き上げていった。

仏ヶ根の決戦
家康の本隊は長湫の富士ヶ根から仏ヶ根、前山(どちらも長久手町)に陣を構えた。一方、岩崎城を落とした池田恒興のもとへ秀次大敗の報告がもたらされ、恒興は急いで、馬首を返し、布陣を終えた徳川軍に対し、恒興は右翼に長男元助(もとすけ)を、左翼に娘婿の森長可を配した。両軍は激しく戦ったが、勝敗はなかなか決しなかった。しかし、家康の本営に突進した長可が、井伊隊の銃弾を頭に受けて戦死(享年27歳)したため、戦いは徳川軍が優勢になり、終焉した。恒興も元助も戦死した。(長久手古戦場 その4へ続く)

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